新たな価値創造によって、需要を生み出していくことをブルー・オーシャン戦略(青い海、競合相手のいない領域)といいます。一方、日ごろの現場からの改善を積み重ね、自社の強みを磨き上げ、既存市場(レッド・オーシャン 血で血を洗う競争の激しい市場)で勝ち残る方策が業務改善です。本原稿では、両者の違いを事例を通じて記載し、事業運営継続の秘訣にせまります。
ブルー・オーシャン戦略
ブルー・オーシャン戦略は、2005年2月に発刊、5大陸でベストセラーとなり、44カ国語に翻訳さた「ブルー・オーシャン戦略」が由来の戦略コンセプトです。
「ブルー・オーシャン戦略」の著作者は、フランスのビジネススクールINSEAD(欧州経営大学院)教授のW・チャン・キム氏とレネ・モボルニュ氏です。
ブルー・オーシャン戦略は、新たな価値の市場を創造します。競争相手がいないため、価格競争に巻き込まれず、高い利益を生み出します。
ブルーオーシャン戦略は、「アクション・マトリックス」という分析を行います。
「減らす」「取り除く」「増やす」「付け加える」の4項目を展開することで、新市場の創造について整理します。
アクション・マトリックスの事例(アップルストア)
アップルストアはアップルの直営店舗で、ブランディングにおける店舗の役割を一新したといわれています。
独自の世界観のデザインの店舗、製品に熟知した従業員、数多くの体験できる端末などが特徴的な店舗です。
アクション・マトリックス
取り除く=パンフレット、POP、ポスターなどの紙の販促物
減らす=装飾の派手さ、完成度を追求するために装飾的趣向を凝らす
増やす=フロアスペースと体験できる端末数(体験型店舗)
付け加える=必要最小限まで省略する表現スタイル、装飾の洗練性、地域の教育コミュニティスペース、アートやデザインなどを対象としたセッション、製品を熟知した従業員
アップルストアは、2001年にアメリカで1号店開店して以来、人気が加速し、2018年で世界500店舗以上に拡大しています。
ブルーオーシャン戦略の事例
任天堂株式会社
任天堂は創業1889年の老舗企業です。1983年発売の「ファミリーコンピュータ」以降、世界的な家庭用レジャー機器事業で知られています。
2000年代には、SONYの「PlayStation 2」やMicrosoftの「Xbox」など、高機能の家庭用ゲーム機が次々と世に登場しました。映像の画質、ゲームのリアリティを追求する方向で各社が競い合っていました。
2006年に発売された任天堂「Wii」のスタッフは、ブルー・オーシャン戦略の本を参考にしたそうです。
「ゲームファンではない人たち」に目をつけ、「子どもだけでなく、色々な世代にハマるゲーム機を作ろう」というアイデアのもと、 片手で簡単に操作できる「Wii」ワイヤレスリモコン の開発しました。
簡単に使えるリモコンと連動して動きをリアルに再現でき、家のリビングで家族全員が楽しめるゲームを発売しました。
「Wii」 は従来、家でゲームをやらなかった、カップル、ファミリー層に受け入られ、またこれまで家庭用ゲーム機の敵とされてきた「家庭のお母さん」を取り込むことができました。
「Wii」 は発売から約60週で、世界累計販売台数2,000万台を達成しました。
ビジネスモデルの改革
既存のビジネスモデルにとらわれない改革からも、新しい需要や新市場が生まれます。
ビジネスモデルの改革は、既存のビジネスプロセスをゼロベースから再構築して新市場を開拓することです。現状をいったん否定することから始め、あるべき姿を描いて困難を乗り越えて新たな世界を切り開きます。経営トップが強い意志をもち全社での取り組みが必要となります。
アップル社のスマートフォンは世界を変えましたが、経営トップのスティーブ・ジョブズの徹底した新しい地平線を切り開く新製品へのこだわりが全社を動かし、競争者のいない新しい価値の製品市場を創造しました。
なお、現在はスマートフォン事業は、多数の競争者が存在します。激しい「赤い海、血で血を洗う競争の激しい領域」の競争を繰り広げる既存の市場レッド・オーシャンとなっていますが、アップル社のアイフォンは、ブランド力をもって独特の地位を築いています。
オムロン株式会社のファクトリーオートメーション事例
ピータードラッカー(注1)の回想によると、オムロン株式会社の創業者立石一真(1900年~1991年)は、ゼネラルモーターズのファクトリーオートメーション(工場における生産工程の自動化を図るシステム)の失敗を予測していたといいます。
理由は、既存の生産システムにロボットを持ち込む発想自体が誤りであったといいます。結果として、ゼネラルモーターズは投資の300億ドルの成果を上げることができませんでした。
一方、立石一真は既存の生産システムにとらわれず、ゼロベースでシステム全般を再構築しました。製造の基本理論の変革に成功したオムロンのファクトリーオートメーションは、現在、オムロンの主力事業のひとつに育ちました。
注1.ピータードラッガー(1909~2005年)
オーストリア出身の経営思想家です。「経営学の父」「マネジメントの権威」「ビジネス・コンサルタントの創始者」などと称されています。
デル・コンピューターの事例
デル・コンピュータは1984年にマイケル・デルによって創業されました。2015年には、世界第3位のPCベンダーとなりました。デルはPCモニターの世界最大の出荷量をほこるコンピュータの直販メーカーです。
急成長を支えたデル・ダイレクトモデルは、直接販売と受注生産を組み合わせたビジネスモデルの改革です。
顧客からの注文を受け、その要望に合わせて外部サプライヤから部品を調達して、カスタマイズした製品を生産、流通は小売業者を介さずに直接販売します。
顧客にとっては、自分が望む仕様の製品を手に入れることができます。流通業者の排除により中間マージンがなくなり、低価格で販売できます。流通在庫や完成品在庫がなくなり、不良在庫を抱えるリスクをなくすことができます。
業務改善 レッドオーシャンでの勝ち残り
自社の強みを磨き上げ、既存市場(レッド・オーシャン)で勝ち残る方策を業務改善といいます。業務改善は、現状の業務の問題点を、現状肯定の観点から改良を加えることをさします。現場からのアプローチが可能です。日本企業の得意分野で、日本製品が高品質である源となっています。
業務改善の事例:トヨタ自動車のカイゼン
経営陣から指示されるのではなく、現場の作業者が中心となって知恵を出し合い、ボトムアップで問題解決をはかっていきます。
業務改善の概念は海外にも「kaizen」という名前で広く普及しています。とくにトヨタ自動車のカイゼンは有名です。トヨタ生産方式の強みの一つとして高く評価されています。
トヨタ自動車は、自社工場の改善の成果をライバルを含む外部へ、情報を開示することをためらいません。ライバルに模倣される間に、自分たちがさらに先を進む自信があるからでしょう。カイゼンの精神は、トヨタ自動車の強みの磨き上げになり、トヨタ自動車を世界トップシェアの企業にしています。
ブルーオーシャン戦略と技術革新
技術革新は、新たなビジネスモデルを生み出します。また、社会性と顧客ニーズは事業化の基盤となります。
技術革新に顧客ニーズや社会性を満たすシナリオがブルーオーシャンの市場を創出します。レッドオーシャンに技術革新を導入することによって、レッドオーシャンから抜け出すことができます。新技術導入と付加価値シナリオこそが、、企業の経営戦略のコアとなります。
IT(業務システム)による改革と改善の違い
社内業務(会計、販売、在庫、生産)システムにおける、改革と改善の違いを見てみましょう。
業務システムの改革
業務システムの改革とは、既存のシステムをいったん白紙に戻して、ビジネスプロセスの再構築を行います。キーとなるのは、改革の目的とトップの強い意志です。既存のシステムのノウハウや資産を放棄することもありえます。
現場からの反対も予想されるので、例えば納期を短縮し在庫をゼロにするなどといった顧客提供価値を高め、競争優位に立つような改革の目的と遂行するトップの意思が必要になります。
ERP(基幹統合システム)のもともとの趣旨は、業務システムの改革です。世界標準の業務プロセスを導入し、すべてのデーターを一元管理する思想です。基本的にはカスタマイズを行いませんので、保守は標準のマニュアルにそって行えます。
業務システムの改善
業務システムの改善は、既存の業務やシステムを改良し、より利便性の向上を求めるものです。企業固有の文化や特性を生かし、ノウハウの蓄積を支援します。一方、システムのカスタマイズを繰り返すために、運用や保守は属人化しがちです。
自社の強みを伸ばし参入障壁を築くことができる一方で、画期的なシステム登場による時代の変化には弱い側面もあります。
まとめ
これからの時代には、ビジネスモデルの変革か、業務改善かどちらの方を選択すべきでしょう。絶対的な正解はなく自社の事情と時代に合わせて選択していく必要があります。
ベンチャー企業が急成長するためには、ブルーオーシャン戦略、ビジネスモデルの改革の発想が必要です。
一方、飛行機や自動車のような、大量の部品点数を扱い、過去の知識やノウハウの蓄積が強みとなり参入障壁になるビジネスにおいては、業務改善の発想が向いているでしょう。
ただし、自動車においても電気自動車など市場を変革する新技術の普及には、素早い経営アクションによる ブルーオーシャン戦略 、ビジネスモデルの改革の発想が必要です。
またアップル社の、新市場を切り開いたスマートフォンにおいても、模倣による競合の参入の応じて、自社のブランド力構築や強みの磨き上げをおこなう業務改善の発想が必要となります。
時代や自社の状況に応じて、ビジネスモデルの改革と業務改善を選択を行うことが、事業継続の秘訣といえます。
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