クリティカルシンキングは、当然のように見えた前提条件や常識を「本当なのか」「なぜなのか」「どうしてか」といった客観的な目線で本質を見極めます。環境の変動が激しく、先が見えない現在、過去の成功体験が通用しない場合が多くなっています。クリティカルシンキングは、これまでと違ったあたらな考え方、アイディア、切り口を生み出す思考方法なのです。
クリティカルシンキングとは
クリティカルシンキングは「批判的思考」と訳されます。批判的というと、ネガティブなイメージがありますので、日本ではあまり「批判的思考」という言い方をしません。クリティカルシンキングは、「適切な基準や根拠に基づく、論理的で、偏りのない思考」とされています。
アメリカにおいては「考える力の育成」を目的として、1980年代以降に教育界において必要性が主張されてきました。日本の教育は先生が教壇に立つ講義型が主流である一方で、アメリカは学生参加型の教育が多く取り入れられています。
アメリカの学生はディスカッション、ディベート、プレゼンテーションの機会を通して、クリティカルシンキンの「無批判に受け入れず、客観的かつ多面的に吟味し、本質を見極めていく思考」を学んでいきます。
クリティカルシンキングの進め方
目的
クリティカルシンキングの一番目は、目的は何かと意識続けることです。目的は経営で言えば理念、人生で言えば使命、課題や問いに対しては、解決する理由です。目的がぶれると思考が迷走し無駄が発生します。クリティカルシンキングで言う目的とは、「何のために考え、討論するのか」です。
問い続ける
2番目は問い続けるです。常識や、うわべだけの理解とどまらないことです。果たしてそれは「本当なのか」、「何故なのか」、「意味はなにか」を追求することで、課題や問題の真の姿が見えてきます。例を出すと、営業力の弱体化というテーマには、研究開発人材の流出による商品競争力の低下という真の課題があるケースが該当します。
客観的である
人は誰しも自分の体験や性格、価値観によって、思考にくせがでます。例えば過去の成功体験によって、前回は〇〇という代理店とアライアンス(協業)を組んでうまくいったから、今回も同様に××代理店とアライアンスすればうまくいくだろうと結論から考えてしまい、結果、事情が違うプロジェクトでうまくいかない場合が該当します。討論するそれぞれのメンバーが客観的になるようにつとめなければなりません。
目的、問い続ける、客観的であることを通じて、物事の本質を追求するのがクリティカルシンキングの方法論です。物事の本質をとらえることができれば、ビジネスにおける予測による対処と決断の精度があがり真の成果がえられます。
クリティカルシンキングとロジカルシンキングとの違い
クリティカルシンキングでは論理的な推論だけでなく、客観的な妥当性を検証し、考え方の目的を意識します。正しさだけでなく、物事の妥当性を含めて考えます。
クリティカルシンキングと似た概念にロジカルシンキング(論理的な考え方)があります。ロジカルシンキングは筋道を通して、矛盾がないように論理的に考え、結論を出す考え方です。複雑なものを論理だてて、簡単にわかるように表現するスキルです。一般的に、ロジカルシンキングには以下のものが含まれています。
MECE(ミーシー)
Mutually(お互いに)、Exclusive(重複せず)、Collectively(全体に)、Exhaustive(漏れがない)というビジネスのフレームワークです。
ロジックツリー
問題をツリー上に要因を分解して整理し、解決策を導きだします。
演繹法
一般的・普遍的な前提から、確実に言える個別の結論を導き出す推論法です。
帰納法
複数の個別的事例から、一般的・普遍的な法則を見出す推論法です。
因果関係
原因と結果の関係です。
クリティカルシンキングとロジカルシンキングは相反するものではありません。ロジカルシンキングを行う上で、クリティカルシンキングを組み合わせることで、より精度の高い本質的な思考が行うことができます。
ロジカルシンキングについては、下記投稿もご参考ください。
なぜ今、クリティカルシンキングなのか
グローバル経済においての日本の相対的地位の低下は、GDP(国内総生産)に占める国別・地域別割合の推移(下記参照)を見ても明らかです。
1980年には10%近くあった日本の割合が、2010年には8.5%、2020年には6.0%、2030年には4.4%(見通し)と低下の傾向が止まりません。
日本経済の相対的な地位低下の重要な要因として、二つあります。一つ目は日本の生産人口(15歳以上65歳未満)の減少です。二つ目は、先進国の中で一人当たりの生産性が低い事実です。詳しくは下記投稿をご参考ください。
一人当たりの生産性が低い原因を探る中で、アメリカとの比較をいたします。アメリカは2010年のGDPの比率23.2%に対して、2020年24.6%と逆に増加しています。アメリカは多様性の受け入れで、移民国家であり人口はいまだ増加しているのが大きいです。
しかし日本を上回る一人当たりの生産性(GDP)を記録しています。ビジネスや教育においてもまだ、見習うべき点が多くあります。その一つがクリティカルシンキングではないでしょうか。
クリティカルシンキングのメリット
新たな発想を得る
当然と思い込んでいた前提や、自分の思考の偏りに気が付くことによって、新たな視点が生まれたり、本質を追究することで、革新的なアイディアが得られることがあります。
コミュニケーション力向上
クリティカルシンキングによるロジックと実証は、話に説得力を持たせることができます。相手の感想と事実を区別することによって、コミュニケーションが正確になります。
判断力の向上
また、具体的なデータを基づいた思考なので、数字から妥当な判断が下せるようになります。特に市場分析が重要なマーケティングにおいては、必須のスキルと言えます。
クリティカルシンキングの訓練(トレーニング)
クリティカルシンキングを身につけ、実践に生かためには、体系立てた理解と日ごろの訓練の意識が大事です。
事実と意見の区別
話が事実なのか、意見や推論なのか、注意して区別を心がけることがクリティカルシンキングの重要な要素である客観的な妥当性を担保します。
事実かどうかを疑います。当然と思い込んでいた、前提として提示されている「不明瞭な言葉」に対して根拠を求めます。例えば「一般的には」「急な」という言葉に対して、客観的に見て一般的かどうか、どの程度急なのかを確認します。
仮説を立て検証する
論理的に筋道をたてて仮説を立てるだけでなく、実際に検証するプロセスがクリティカルシンキングでは大事です。
具体性を持たせる
抽象論だけでなく、具体的な実例をもって検証することを心がけます。こそあど言葉といわれる、「これ、あれ、それ、どれ」など指示代名詞をできるだけ使わずに、具体的な名前を使います。
思考の偏りに気づく
出した結論について、あえて「他の結論はないか」「類似や代用がないか」の観点でもう一度考えてみます。自分の論理展開に対して、自問を繰り返すことで癖や偏りに気づくようになります。
クリティカルシンキングの事例(人事採用)
仮説
「若手社員の離職率が高い。若手社員を育成する手間やコストが無駄になっている。採用の際の選考を改善するべきだ。採用広報に力を入れて応募者を増やし、書類選考の段階で職歴が3社以上ある人は不採用としよう」
目的
「若手社員の離職率が高くて、育成するコストが無駄になっている」ことが問題ととなっています。このテーマの目的は「若手社員の定着率を上げて、育成して戦力化する方法を導く」ことです。採用業務の改善が目的ではないことが注意点です。
問い続ける
果たして、若手社員の離職率は世間水準に比べどうなのか?採用選考のプロセスに問題がある場合も考えられますが、新入社員の受け入れ態勢や教育、経営やマネジメントに問題がある可能性もあります。
客観的である
書類選考の問題なのか?3社以上職歴のある方の離職率はどうなのか?採用方法にコストをかけて、十分に候補者数を確保することができるのか?を検証していきます。退職者のインタビューや社員満足度調査などで多角的、客観的に事実を問い続けます。
事例におけるクリティカルシンキング
若手社員の離職率は、世間相場に比べ特に営業部が高かったことが明らかになりました。採用選考については、直近で営業部で退職者があったように、データ数3社以上の職歴がある方の離職率が高い傾向はあるものの、サンプルの数が十分でなく結論を出すのは尚早とされました。また、3社以上職歴がある方でも、長期間在籍して活躍している社員もいました。そこで離職者のインタビューや社員満足度調査を行ったところ、新入社員を受け入れた後のマネジメントのフォローに問題があることが浮かび上がったのです。評価制度と処遇の見直しと、評価者研修を入念に行うことによって、社員の定着率が上昇し、現在(コロナの影響の中でも)業績は上向いています。
クリティカルシンキングの事例(業績向上)
仮説
営業部の売り上げ低迷について
「営業部の売上が前年度比で下回っているために、全社の業績が悪化して赤字になった。営業人員を増やして全社の業績を回復しよう」
目的
全社の業績の向上が目的です。
事業継続のための業績とは売上よりも利益確保です。
営業部の売上を上げることが目的でないことに注意が必要です。
問い続ける
営業人員を増強すれば、業績が向上するのか問い続けます。
営業人員を増やせば固定費(人件費)も増加し利益を圧迫することになります。営業部にヒアリングしたところ、人手不足のために売り上げが低迷しているわけではないことが判明しました。
客観的である
業界平均のコスト構造との比較に着目しました。売上から原価を差し引いた粗利率が低いことがわかりました。原因を追究すると、競合他社の安売り攻勢に押され、値下げによってシェアを確保している実態が明らかになりました。
本質とは、真の成果
競合他社との差別化のために、ユーザ志向の商品開発をすすめることになりました。
営業がヒアリングした顧客ニーズを分析して、強みである基盤技術を活用した高付加価値の新商材を投入しました。
販売にはネット直販を活用することで、販売促進コストを抑え、業績は急回復いたしました。
このようにクリティカルシンキングは1.目的とは何か 2.問い続ける 3.客観的であることで、テーマや課題の本質を追求します。問題の本質、真の目的にぶれずに解決し、成果を出すことができるのです。
まとめ
文部科学省が発表した平成24年6月の大学改革実行プランにおいて、クリティカルシンキング(思考力・判断力・知識の活用等)を問う入試への転換が提唱されました。暗記型から思考型へと学校教育が変化しようとしています。ビジネスの現場においても、クリティカルシンキングを鍛えることが、これからの時代、日本の競争力を向上させるうえでも重要な要素の一つです。
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